Novel


□冬の風景
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次に意識が浮上したときはもう朝だった。
陽子はゆっくりと身を起こす。辺りを見回すけれど景麒の姿はどこにもなく、ではやはりあれは夢だったのか、と思った。
だが夢にしては妙な手応えを持ち、かといって現実だと信じるにはどこか掴みどころのない感覚が残された。
陽子はしばらくの間ぼうっとしていた。
それから、おもむろに口を開く。
「班渠」
静かに使令を呼んだ。ここに――と、その声は低く地面の下から響いてくる。
「帰ろうか……」
それだけを、陽子は呟いた。








王宮に戻れば景麒が出迎えてくれた。
彼の姿を認めてしまうと、陽子は思いがけず深い安心感を覚える。
「……ただいま」
この景麒は本物だ。心の中で確かめながら、背の高い彼を見上げて言った。
「どちらまで……?」
景麒が訊いてくる。ほんの少し考えるふうに陽子は唇を動かした。
「よく、分からない。ずっと東の方に歩いて、それで海を見てきた……」
景麒は、たぶん陽子にしか分からないほどの微笑をその口元に浮かべていた。
そして彼は指先をそっと、陽子の頬にあてたのだった。何かを確認するように。
少し驚いて、わずかに目を見張る。

「──あなたの夢を見ました」
穏やかな声音で景麒は囁いた。
「わたしの、夢……?」
──わたしもお前の夢を見たよ。
そう答えようとして、やめた。
「景麒も夢を見るんだね」
陽子は可笑しそうに言う。
頬に添えられた指の先が優しい。それに感覚を委ねたまま景麒を見上げていた。
そうして彼の背中に腕を回した。答えるように景麒の腕もまた陽子の背に回る。
あの夜と同じ懐かしい匂いがして、それを吸い込むと陽子は胸の奥底で息をついた。
もう、切なくはなかった。





目的もなく歩き続けた。
民の生活を覗いてみたり、活気づいた街並みを肌で感じたり。人々の幸福そうな顔を、自らの目で確かめることができた。
でも本当に知りたかったことは、もっと別の何かだったのかもしれない。
あてどもない旅で信じたかったのは、自分自身の幸せだったのかもしれない。
真実に求め望んだものは様々な形に変容しある一点に集約されていて、恐らくそのもの自体を説明することができない。
ただ陽子には、ひとつだけ、はっきりと分かったことがある。
それは、この腕の中が紛れもなく自分の拠所であり故郷であるということだった。
たったひとりの半身。
たったひとりの片割れ。
ただひとつ、最後に帰る場所。



陽子は目を閉じる。
もう一度だけ、ひっそりと呟いた。
──ただいま。










※※※

タイトルは、とあるスウェーデン映画のオリジナル・サウンド・トラックに収録されている楽曲名。
全体的にサントラそのものを物語のBGMとして考えて書いてました。
映画自体も大好きな作品です。

20110306
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