Novel


□短編集
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余暇の過ごし方





休日の昼時、小さな来客があった。

扉を開けると子供がちんまりと立ち、目一杯に景麒を見上げてくる。
唐突な訪問に言葉を失いつつ、どうしたのかと問えば桂桂が口を開いた。
「えっと……。台輔も、僕と陽子と一緒にお昼を食べませんか?」
何故そういう話になったのか知らないが生憎、景麒は既に食事を終えていた。
告げると桂桂がしゅんとするので何か哀れに感じ、お茶ならと伝えた。
子供は、ぱっと明るい表情になった。



子供に袖を引かれてやって来た麒麟を認め、陽子は意外な展開に言葉を失った。
それを見た景麒は憮然として言う。
「お茶を頂きに参りましたが何か」
明らかに思考停止状態な陽子は、ああ、だの、うん、だの呟いている。
「……まあ、かければ?」
ひとまず椅子を勧められ腰かけた。

もともと陽子は今日、桂桂と共に昼餉を摂る約束をしていた。
すると少年は、景麒は一緒に食べないのかとしきりに訊いてくる。
そういえば彼もひとりで食べているのだったか、と今さら思い至った。
あの麒麟だし来ないだろうと思いつつ、じゃあ試しに誘ってみたら、と桂桂に促したのが事の発端である。
こうなるとは予想してなかった。
――桂桂が楽しそうだから、いいか。
心中で思い、彼女はお茶を淹れた。



陽子の食事も、あらかた済んでいた。
食べながら楽しげに喋る桂桂の話を、彼女は相槌を打って聞いている。
食事を片すと主は子供の戯れに付き合っていた。景麒は何となく居座っている。
本を読んでくれとせがまれた陽子は、簡単なのだけ、と読み聞かせを始めた。
主は読み書きがまだ堪能ではない。
彼女の朗読は、ところどころに捏造が加わっているようだった。
わざとなのか、それともよく分からないのを誤魔化しているのか。
いずれにせよ、桂桂はとくに気にした様子もなく物語に熱中していた。

「これも読んで」
ねだる桂桂の差し出す本に目をやりながら、陽子は思案げな顔をした。
「これは、わたしには難しいから景麒に読んでもらいなさい」
さらりと言ってのける。
軽く主を睨めつけると、彼女は小憎らしく舌をちろりと出していた。
二人を交互に見やった桂桂は、何の迷いもなく本を抱えて景麒に駆け寄る。
期待満面で寄られては、さすがの景麒も断れない。溜息まじりに本を受け取った。



景麒の朗読に耳を傾けながら陽子は眠りに包まれていくのを感じた。
彼の平坦で低い声は、実は心地よい
榻に上半身を横たえ、駄目だと思いつつも陽子は重くなる瞼に抗えなかった。

「寝ちゃったね……」
陽子の寝顔を見つめて、桂桂は少し残念そうに零した。
景麒は頷く。眠らせといてあげなさい、と陽子に布を掛けてやった。
桂桂、と景麒は子供を呼ぶ。
「少し歩きませんか」
そう誘いかけると桂桂はとても嬉しそうに、はい、と元気よく返事をした。

園林を散歩した。
桂桂が腕を伸ばすと、景麒は何も言わずに手を繋いでくれる。
彼の手は大きくて陽子のものとは違うけれど、同じ安心感を与えてくれた。

使令を解放し、気ままに歩いていると桂桂の声音が徐々にぼんやりとしてきた。
この子供も眠くなっているらしい。景麒は少年の手を揺らし、名を呼ぶ。
桂桂は緩慢に振り返った。
「眠いですか」
訊くと桂桂は、はっとしたように、いいえと思いきり頭を振った。
その様子に景麒は目を細める。
屈んで、少年の身体を持ち上げた。抱き上げられた桂桂は瞳をぱちくりする。
眠っていいと促せば、目をとろんとさせ景麒の肩に頭を垂れた。
ほどなくして寝ついた子供の体温は、ひどくあたたかかった。



陽子は、ぽつねんと榻に座っていた。
起きたら景麒も桂桂もいない。何だか置いてきぼりをくらった気分だ。
――二人して抜けがけか。
思っていると景麒が子供を抱いて戻ってきたので、陽子は目を見張った。

「桂桂も寝ちゃったか」
くすくすと面白そうに少女は言うので、景麒は頷いた。榻に寝かせ布を掛ける。
子供の寝顔を、陽子は愛おしげに眺めていた。景麒はそれを見つめて呟く。
「――子供は、お好きですか」
問うと彼女は拘りなく答える。
「うん。可愛い」
そうですか、と景麒は言った。

目の前にいる娘は、もう二度と自分の子を持つことができない。
その現実に景麒は罪悪感を覚えた。
だが、そんな彼をよそに陽子は揶揄うように言ってくる。
「景麒は子供、苦手そうだな」
彼は複雑な表情になった。
「嫌いなわけでは……。ただ、どう接するべきか分からなくなります」
主は声を立てて笑った。



「たまには、いいかもね」
陽子が言うので景麒は首を傾げる。
「こうやって政務以外で景麒と過ごすのも、悪くないかもねって」
少女は微笑む。
はい、とだけ景麒は答えた。


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