Novel


□短編集
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戯れ





「陽子ー」
金波宮にあるまじき声で呼ばれ、陽子は顔を上げる。目にした姿に苦笑した。
「延台輔……。また勝手に……」
呆れながら呟くと少年は、まあまあ、と笑いながら陽子に歩み寄る。
「かたいこと言いなさんなって。尚隆も来てるんだ。ほれ」
言って顎で背後を示す。暢気そうに手を上げて歩く尚隆を見やり、溜息を吐いた。
──まったく、この人たちは……。

「それで?どういったご用ですか」
皮肉を言う気力も失せ、陽子はずばり単刀直入に用件を伺う。
うんざりした顔を隠しもせずに訊いてくる陽子など気に止めることもなく、尚隆はからりと笑って答えた。
「いや、なんだ。暇潰しに付き合ってもらおうかと思ってな」
はあ、と怪訝そうに陽子が漏らすと、その後を六太が引き継いだ。
「ちょっと下に降りるんだ。つうわけで陽子、お前も付き合え」
「……何でですか」
一応、抗議を試みるも流される。
いいから来い、と陽子は二人によって速やかに強制連行されたのであった。



主上を見なかったか。そう景麒に尋ねられ、鈴は少し驚いたように答えた。
「陽……主上でしたら、延王と延台輔と一緒に下へ降りられましたよ。ご存知なかったんですか?」
問うと彼は、知らない、とむっつりした顔でひと言だけ呟いた。
まあ、と鈴は漏らす。てっきり景麒にも知らせているのだと思っていた。
そういえば、やたら忙しなく出ていったような気もする。むしろ強引に連れ去られた、と言ったほうが正しい。
鈴は小さく息を吐いた。

ちらりと景麒を窺うと彼は不機嫌というより、どうにも不安げな表情をしている。
「……あのう、そんなに心配なさらなくても大丈夫だと思いますよ?日暮までには戻るって仰ってましたし……」
取りなすように鈴は伝える。彼はしかし、そうか、と答えるだけだった。
相手が尚隆と六太だけに、どこへ連れ回されるか分かったものじゃない。
景麒は鬱々としながら、どこか遠い目をしたまま背を向けて立ち去った。
その背中を、鈴は黙って見送った。



陽子は言葉どおり日暮までに戻ってきた。
何やら三人で騒がしく回廊を歩いているのを見つけ、景麒は足を向ける。
「あ、景麒……」
彼に気づいた陽子は声を上げた。走り寄ろうとする彼女を尚隆が引き止める。
「元気か、景麒。悪いな。ちょいと、お宅の陽子を借りたぞ」
そう言って、わざとらしく陽子の肩に腕をまわした。少女が鬱陶しげにする。
景麒の表情に微かな不快感が浮かぶのを見て取った尚隆は、さらに陽子を引き寄せて赤い髪を指に絡めた。

離してくださいよ、と陽子が咎めるより先に景麒の腕が伸びてきた。
力まかせに主を尚隆から引き剥がすと、よろけたはずみで陽子の身体はすっぽりと景麒の胸に収まった。
「──主上を勝手に連れ回すのは、おやめいただきたい」
明らかに不愉快な声音で景麒は言った。
尚隆は、ほう、と面白そうな顔で呟き、その、板についた無表情を眺める。
「悪い悪い。以後、気をつけるさ」
適当に言ってから、尚隆は六太と共にさっさと帰って行った。



「……景麒?」
呼ばれて彼は腕の中を見下ろす。
「いや、あの、そろそろ離して欲しいんだけど……」
やや戸惑いがちに見上げてくる少女を、しばし黙って凝視した。
そして何事もなかったように離す。失礼しました、と淡々と述べながら。
陽子は軽い混乱を覚えつつ景麒を見る。
怒っているのだろうか。いや、怒っているにしては何か違うような。
いろいろと勘繰って目の前の半身の様子を探る。黙したまま佇む彼は、何となく怒ってはなさそうに見えた。

くん、と陽子は彼の袖を引っ張る。景麒はひとつ瞬き、視線を陽子に戻した。
「もしかして心配した……?」
おずおずと訊いてくる少女を見つめて、景麒は目を逸らすこともなく肯定する。
「黙って出て行かれたので……」
陽子は小さく唸りながら、ごめん、と謝った。いいえ、と景麒は答えた。



さも楽しげに顔をにやつかせて歩く傍らの男を見上げて、六太は言う。
「お前……。あんまり、あいつら揶揄うのやめろよな」
尚隆は眉を上げた。
「いいじゃないか。たまには、ああいう暇潰しでもなきゃ、やってられん」
五百年も生きてりゃ、いい加減退屈するってもんだ。尚隆は愉快そうに笑う。
六太は面倒臭そうに睨めつけた。
「陽子はともかく景麒は冗談通じねえんだから、ほどほどにしろよ」
「だから、楽しいんじゃないか」

麒麟の諫言などまるで聞く耳持たない男に、六太は盛大な溜息を落とした。


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