Novel


□残照
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「――ねえ。陽子って好きな人とかいないの?」
祥瓊は唐突に切り出した。



互いに仕事の合間を縫って、陽子と鈴、祥瓊の三人は軽い団欒をとっていた。
こじんまりとした卓を囲んでお茶を飲みながら他愛もなく語り合う。
ささやかな午後のひと時だった。

かまをかけた――と言ってもあながち間違いではないと思う。
明らかな答え、或いはそれなりの反応を陽子がするだろうと、どこかで期待しながら祥瓊は敢えて問いかけたのだ。
好いた相手はいないのか、と。
陽子は慌てて否定するかもしれない。年端の行かぬ娘みたいに顔を赤らめて、ぶつぶつと祥瓊をなじるのかも。
その様子をつついてみるのもいい。
目の前の友人が果たしてどう切り返してくるのか、彼女は窺うように待ち構える。
だが陽子がとった態度は祥瓊の予想をことごとく裏切った。



わずかに目を見開いて、陽子はしばし相手の整った美しい顔を眺める。
それから質問の意図を把握すると、すっと目元を細めてごく薄く微笑んだ。
「いるよ。――なんで?」
意に反した答えに、祥瓊は二の句が継げなくなった。黙って耳をそばだてていた鈴も少なからず驚いている。
あっさり肯定されてしまったこと。そして何よりも陽子の含みのある微笑に、祥瓊は思わずぎくりとした。
何かを諦めているような表情だった。こんな顔は今まで見たことがない。
無意識にたじろいでしまうほど、妙に大人びた女の顔だった。

「……誰?」
ようやくそれだけを訊く。
なんで、という陽子が発した問いに対しての返答など頭にはなかった。
陽子は少し迷うふうに瞳を揺らした。そうして何かを伝えようと赤い唇を開きかけては、再び閉じる。
しばらくすると目を伏せて呟いた。
――好きになっちゃいけない人。

愕然とした。同時にひどく後悔もした。
深く考えもせず、揶揄い半分でこんなことを口にした自分が浅ましく感じられた。
「何よそれ……意味分かんない」
どうにか取りなそうと、祥瓊は無理矢理にでも軽い調子を装って続ける。
「分かんなくてもいいよ」
あくまでも淡々と陽子は告げた。祥瓊は顔を曇らせておもむろに首を振る。
「なんなの。好きになることに良いも悪いもないじゃないの」
もどかしくて、つい食い下がった。
しかし陽子はやはり俯いたまま疲れた笑みを浮かべてただ短く、どうかな、と零すばかりだった。
祥瓊はなぜか、途端に自身がものすごく子供じみているような気持ちになった。

それまで友人らの会話に耳を傾けているだけだった鈴が、躊躇いがちに口を開く。
「でも、好きなんでしょう?」
穏やかだが慎重な響きのある言葉だ。
陽子は故郷を同じくする黒髪の少女を見やると、微かに笑って瞼を降ろした。
「好きだけど、どうにもできないことだってあるよ……」
とくにわたしの場合はね――。





そろそろ政務に戻るから、と言って陽子だけが席を立って堂室を後にした。
祥瓊も鈴も、何も言えずにいる。じっと静けさの中に身を置いていた。
やがて鈴がぽつりと漏らす。
「女王だからって、自由に誰かを好きになることも許されないなんて、そんなのひどいわよ……」
両手で包んだ湯呑みの底に視線を落としながら、海客の少女は呟いた。
「――そうね」
祥瓊にはそれしか言えなかった。


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