Novel


□残照
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日の落ちかかる庭先で、祥瓊はなかば放心したように佇んでいた。
規則的に吹く風の鋭さが身に凍みる。それでも動く気にはなれなかった。
なぜ、あんなことを訊いてしまったのか。悶々と同じ後悔を繰り返す。
陽子が、あの人を好きだってことぐらい、よく分かっている。
そう。二人を見ていれば簡単に分かることだった。彼らの間にある不自然な距離さえ、多くを物語っている。
だが、そこまで明確なものを前にしても尚、あの二人は目を逸らして知らないふりを続けるのだろうか。
どうにもできないこと、だから。





「……そんなところで何をしているのかな、お嬢さん」
不意に聞き慣れた声で呼ばれ、祥瓊は背後を振り返る。桓堆だった。
やんわりと笑顔を見せる彼の姿に、わけもなく安堵を覚える。
黄昏時は一段と別嬪だな、などと軽口を叩くので祥瓊は呆れて小さく笑った。けれどやはり気分は紛れなかった。
そんな彼女の様子に気づいたのか、桓堆もそれ以上無駄なことは言わなかった。
何かあったのか、と控えめに問われたが、別に、と肩を竦ませる。彼はひと言、そうか、とだけ返した。

男の腕が伸びて、少し硬い掌がそろりと少女の頬に触れてきた。
「ずいぶん冷えてるぞ。いつからこんなとこに突っ立ってたんだ?」
瞬間、祥瓊はどうしようもなく泣きじゃくりたいという衝動にかられた。
だがそれは絶対に嫌だった。そんなことは自分が許さない。
今、隣にいる男の胸に縋って泣いてしまうことは容易い。そして彼はきっとこの上ない優しさで彼女を慰めるだろう。
そうなれば祥瓊はもう一生、己を憎まずにはいられなくなる。
陽子にあんな仕打ちをしておいて、自分だけが安息に身を委ねるだなんて。
そんなこと、できるわけがない。

手をぐっと握り締め目をきつく瞑ると、祥瓊はゆっくりと首を横に振る。
桓堆の腕もそっと降ろされた。
綺麗な紺青の髪の毛が、俯いた娘の横顔をほとんど隠してしまっていた。





本当なら祥瓊は言ってやりたかった。
ばかばかしい不文律やら掟やらに振り回される必要なんかない。
そんなのはとてもくだらない、好きならばそれでいいじゃないか、と。
でも無理だ。どうして陽子にそんなことが言えるだろう。
彼女は一国の主で、祥瓊や鈴なんかとは負うべき責任の重さがまるで違うのだ。

もし泣きたいと思ったとき、あの少女はいったいどこで泣くのだろう。
もし誰かに抱き締めてもらいたいと感じたとき、いったいどうやってその寂しさに耐えるのだろう。
泣ける場所も甘える場所も持てなくて、どうして自分を支えていけると言うのだ。
彼は――あの人は、彼女に手を差し伸べずにいることが可能なのか。

祥瓊には何も分からなかった。
憤りにも似た苦い悲しみが、胸の中で絶えず渦巻いていた。















※※※

曖昧なまま突っ走ってみました。

20120325
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