Novel


□己がじし
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自分がいわゆる異端であるということを、獣はもうずっと前から自覚していた。
周りにいる同種の妖獣らと鑑みても自身が普通でないことは明らかだ。
体躯は仲間たちに比べ見るからに小さく、また身体能力もはるかに劣る。
黄海と呼称される地に身を置いていた頃から、決して何にも属することのできない生き物だった。
狩人によって捕らえられることがなければ、この躯は遅かれ早かれ妖魔の餌食となり喰らい殺されていただろう。

その屈強そうな人間の猟尸師は物珍しげな目で獣を見てきた。
しばらくして何を思ったのか、男は自らで生け捕った妖獣と共に目の前にいる一匹を連れ帰ったのだった。
やがて見知らぬ土地で猟尸師の手から騎商の手へと引き渡された。
二人は何やら短い会話を交わしたが獣には人間の言葉など分かるはずもない。
だが己は今後、この場所で死ぬまで過ごすことになるのだと悟った。



妖獣を引き取った騎商は年老いた男だったが獣を馴らしこむ術に長けていた。
彼の手にかかれば野生の妖獣は立派な騎獣に仕立て上げられる。何より、男の獣に対する愛情が深かった。
脆弱で何の役にも立ちそうにない一匹を手元に置いている理由は、ほとんど男の気性によるものだと言っていい。
丁寧に養ってやればいつか立派な騎獣として売り捌けるかもしれない、という気持ちももちろんあった。
晩成型の獣なのかもしれないと。
しかしそんな兆しも見られぬまま程なくして騎商は亡くなった。寿命だった。



以降、後を引き継いだ中年の男によって生かされている獣であったが、それも時間の問題だろうと判断していた。
獣はあの老爺のことが好きだったが、今の男は己に対して厄介な目を向けてくることが大半だったので苦手だった。
寝そべった獣の前に男がしゃがみこむ。
――どうしてお前だけ、こんななりなんだろうな。
何事かぼやいている男を虚ろな目で見上げる。彼は溜め息を落とした。
――餌代だって莫迦にならねえんだ。売れる見込みのないやつに無駄な金をかける価値がどこにある?
少しの間、男と獣は見つめあった。
――やっぱり処分するしかねえな……。
何を言ってるのか分からないが、この命が絶たれるであろうことを感じ取った。

――処分って……?
ふと音色の違う声が頭上から降ってきた。独り言に話しかけられた男は大儀そうに傍らを仰ぎ見て立ち上がる。
――そのまんまだ。生かしといても利益なんか出やしねえから殺すんだよ。
通りがかりらしい小柄な人間――少女だろうか――は男を軽く見やってから獣に視線を移した。
それから、おもむろに口を開く。
――……ならば、わたしが買い取る。幾らなんだ?
騎商は胡散臭げな視線を少女に向けた。
――何の役にも立たねえぞ。本来なら飛翔能力を持つ種族だが飛べもしない。加えてこのなりだ。子供なら背にも乗せられるが、あんたでぎりぎりだ。
――構わない。
歯切れよく少女は答えた。



今日は都合が悪いので代金の準備ができたら二、三日後にまた改めて来る、と言い置き少女はその場を去った。
さっぱり現状を飲み込めないまま事が流れる。ひとまず己の命がまだ永らえそうだということは了解できた。
数日後、娘がやって来ると男は形ばかりの手綱を引いて彼女に獣を売り渡した。
こうして一匹の妖獣は猟尸師から騎商へ、騎商からひとりの娘の手へと移った。

少女は見事な紅色の髪を持っていた。獣の目にもその鮮やかさが際立つ。
揺れる赤い髪を追うように付き従い、やがて人気のない林道へと誘われた。
さらに奥へと突き進んだ所で、一頭の騎獣が待ち構えるように佇んでいた。
この巨大な獣を、自分は知っている。嘗て過ごした黄海の地に君臨していた。
白い体毛に特徴的な黒の縞模様。その礎の如くどっしりとした体躯を前に、未熟な獣は尻込みする風を見せた。
すると少女が宥めるように背を叩く。
――大丈夫だよ。おいで。

獣はそろりと脚を踏み出す。
元来、獰猛な性質を持つ趨虞であるが今目の前にしているこれは非常に穏やかで、何ら危険などないように見えた。
見積もってせいぜい抜きん出た大型犬程度、目線は隣にいる少女よりも低い。
おまけに十分な筋肉もついていない痩躯な自分自身とこの巨大な妖獣とを比べて、己の小ささを思い知る。
もし何の変異もなく仲間と同じように誕生することができていたら――。
自分は、この獣みたいにもっと堂々とした生き物でいられたのかもしれない。
異端の獣は、畏怖と羨望の入り交じった眼差しで趨虞を見つめた。



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