Novel


□4steps
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crouch





身構えることから始まった。
威圧的な佇まい。拒絶の余地を与えない冷淡な言葉と声。愛想のない顔。溜め息。
それらと向かい合うには、陽子はまず戦闘体勢を整えておかねばならなかった。



麒麟らしくない麒麟だと陽子は思う。それでいてどこまでもつくづく麒麟なのだ、と感じることもある。
慈悲の生き物とは思えないぐらいいやみたっぷりな口振りであったり、頑固で石頭なところであったり。
それでも主である陽子の身をひどく案じては軽率な振る舞いを諫めたりする。
つまり裏を返せば、どれもが彼にとっての麒麟における一般論に添って行動した結果でしかないのだろう。
敢えて言うなれば、景麒らしい、のかもしれない。

とにかくはじめはその、景麒らしさ、のおかげで大層てこずらされた。
とりわけ表情よりも言葉よりも多くを――おもに不満を――物語る溜め息に、陽子は敏感になったものだ。
ある意味、分かりやすくはあるのだが。
彼が溜め息を漏らす度、陽子は無意識のうちに身構えてしまうのだった。



ときどき彼は、麒麟という立場を嵩に懸けた物言いをすることがあって、陽子はそれがとても嫌いだった。
どうにかして彼は、彼自身の常識を陽子に受容させようとするのだ。
普通は違います、こちらでは当たり前です、そういうことは致しません――。
自分の常識を押し付け、陽子を動かそうとする。そのやり方は景麒だけに限らず他の高官にも当てはまった。
だが他人はともかく、最も身近にあり信を置く必要のある相手からそういった態度を取られるのは、こと虚しい。
いっそ耳を塞いでしまえれば楽だった。

あまりにも頭にくるので、目の前の綺麗な横っ面をひっぱたいてやろうかという衝動に駆られたりもした。
井戸みたいに小さいお前の常識や価値観の範疇でわたしを泳がせようとするのはやめろ、と叫びたくなる。
だけど結局そうまでしなかったのは、彼を理解しなければと心のどこかで意識していたからかもしれない。
或いは、たとえ相容れなくとも彼は麒麟であり神聖で清浄で無垢な生き物であり不用意に傷つけてはいけないのだと、慎重になっていたかもしれなかった。
きっと陽子はあの頃、漠然としか把握することのできない麒麟という存在そのものに対して身構えていたのだ。



官吏と大っぴらに揉めることはできないから、その鬱憤の矛先は自然と景麒に向かってしまう。
口喧嘩や衝突を繰り返し、彼の冷めた目を睨み返しながら陽子は考える。
この麒麟が必要としているのは自分なのかそれとも王という符号なのか――と。
景麒にとって陽子が絶対なのか。麒麟にとって王が絶対なのか。頼りとする基準があやふやで分からない。
もっとも、そうやってあれこれ気を回すこと自体とても莫迦げているのだが。

尊ぶべき存在というのが確かにあちらにもあった。だが麒麟を、そういった類いと同様に扱うのは違う気がした。
生まれながらにして定められた役割を担い、抱えた命ですらままならず、誰かの手の内に委ねられている。
生きるも死ぬも、自分の意志とは無関係なところで左右される。
不自由でしかない生を、しかし当たり前のように受け入れ疑問にさえ思わない。
そんな存在を、陽子は知らなかった。



彼と無条件に分かり合えるまでには、時間がかかりそうだった。



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