Novel


□4steps
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touch





お互いのことをよく知らない。

それなりの時間を半身同士として過ごしてきた。軽口をたたいたり些細な冗談を言い合える程度の気楽さもある。
最悪な出会い方をしてから今まで、それなりの付き合いをしてきた。
彼の口癖や決まって見せる素振りや、だいたいのことが分かってきて、うまく調和はとれている。
とはいえ二人には二人の過去が当然それぞれあって、別々に生きてきた分だけの溝が存在している。
それは交わることのない時間だった。

大袈裟に言ってしまえば、景麒も陽子も新たな生を得るために一度死んだのだ。
それぞれの過去を分かち合うだとか共有し合うだとかそんな必要性はなく、どうでもいいだけだった。
だが、これから先ずっと連れ立つ、その相手の背後を完全に無視して気にしないふりをするのは難しかった。
ふとした瞬間、自分の知らない領域がちらつくと、陽子は奇妙な孤独を覚える。
少なくとも寂しいと思えるぐらいには、景麒のことを身近に感じていた。



もともと彼はその性質上、訊かれもしないことを語ったりしない。
口数は少なく、事務的なこと以外で自ら話題を振ってくることも滅多にない。

お前は自分の話を全然しないね。
仕事に余裕ができたので少々強引に景麒を散歩へ連れ出して庭院を歩きながら、陽子はそう言った。
すると彼はしばらく黙ってから、主上もとくに話さないでしょう、と答えた。
確かにそうかもしれない――と陽子は今さらながら思い至る。
蓬莱でのことはもとより、考えてみればこちらに来て景麒とはぐれてから再会するまでの間、陽子がどんな境遇に置かれていたのか彼はほとんど知らない。
敢えて話そうとしたこともないし、やはり訊かれることもなかったからだ。
――それに。
「あまり楽しい話じゃないから……」

どこか苦々しいものを噛み潰すような調子でぼそりと呟く陽子を横目に、景麒もまた静かに答えた。
「同じです……」
――わたしの話など、そう楽しいものではありません。
陽子は傍らの半身を見上げた。



己の人生を振り返ってみて、我ながら楽しいという言葉は似つかわしくないだろうと景麒は自覚している。
幼少の頃から寡黙で、変わった麒麟だ、とよく言われていた。
とっつきにくく扱いにくい、と。

本当は、ずっと自分の居場所を探していたような気がする。
親しい女仙もいたが、それさえ限られており、最も傍近くにあり気を許していたのは女怪ぐらいだった。
話し相手など、ろくにいなかった。
孤高不恭の神獣だと崇められてはいても、麒麟など所詮は孤独な生き物なのだ。
獣にも人にもなれるというのはつまり、獣にも人にもなれないと同義である。
どちらに属することもできない。

己の対となる人と出会ってからも、そこに自分の居場所はなかった。
彼女の求めるものと自分の求めるものがあまりにも違いすぎたのだ。
相手にも自分にも居場所を与え合うことのできないまま、あの人は半身を残して行ってしまった。



景麒にしてはめずらしくよく喋るのを、何も言わず聞いていた。
低く流れる声が途切れ、しばし沈黙の降りたあとで陽子は躊躇うように口を開く。
「……まだ、探してるの」
――居場所を。
目を合わせることができず、陽子は俯きがちに問いかけた。
景麒はちらりと隣の少女を見下ろす。そうして、ゆっくりと告げた。
「いいえ。今は、もう……」
――探す必要もなくなりましたから。

零れた言葉尻は風に掻き消されそうなほど微かな音で、陽子の耳に届いた。
――そう……。
やはり俯いたまま、陽子は呟いた。



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