Novel


□母
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手当たり次第にあちこちの部屋を覗き、思いつく限りの園林に踏み込んだ。
たが、うんざりする程に広大な敷地内で子供ひとりを見つけ出すには陽子だけでは骨が折れる。諦めて引き返した。
いつの間にか人が集まっていた。景麒や浩瀚までもが控えていたが、そちらを気にかける余裕がない。
眩暈のする気分を怺え、狼狽まじりに虎嘯へ訴えると、彼は陽子を宥めた。
――落ち着け。俺たちも探すからお前は少し休め。なんて顔色をしてるんだ。ここで待ってろ。いいな。
男は含めるように捲し立てる。心配するなというふうに陽子の背を軽く叩いた。
浩瀚の提案で景麒の使令を借りることにした。桂桂の匂いが分かるだろう、と
冷静沈着な冢宰の言葉に、景麒は床へ目を落として己の影に呼びかけた。



部屋にいろと一様に説得され、陽子はしぶしぶ景麒と居残った。
ところが時を置かず彼女は、やはり自分も探しに行くと言って騒ぎ始める。
既に覚束ない足取りで出て行こうとする陽子を諭すのに、景麒は難儀した。
そんな蒼白い顔で、足元も定かではないくせにどうするつもりだ、と。
強情な肩を掴んだ。
かけられた手を振り解く彼女を、景麒は力ずくで引き止め、屈んで目線を等しくすればそれからも逃げたがる。
「主上にまで何かあって、倒れでもされたら要らぬ迷惑がかかります。無用な混乱を招くのはおやめなさい」
幾らか冷淡に叱責してやって、ようようと彼女はおとなしくなった。
戸惑いと焦燥と、微かな憤りに満ちた瞳が複雑な色を呈して上目に見返した。
だって昨夜は様子がおかしかったのだと、独り言めく。あんな甘え方をしてくることなど今までなかったのに。
急に全身の力が萎え、陽子はもたげた頭を億劫そうに伏せて目の前の胸へ預けた。
「……あの子」
掠れた声が囁く。
――あの子供が消えてしまったら。
自分は結局、何ひとつ護れなかったことになる。陽子は深く項垂れた。










半時と待たぬうちに虎嘯らは戻った。男物の大きな袍に、すっぽり身をくるまれた桂桂は眠っている。
虎嘯の腕に抱えられ、ここまで辿り着く間に寝入ってしまったらしい。
園林を分け入り、随分と奥まったところまで進んだ木立の片隅で、ぽつねんと座り込む幼い背中があった。
こんな場所で何をしているんだと軽く叱れば、花を探していたのだと、子供は肩を竦めて呟いた。
陽子の枕元に花を飾ってあげたくて、だから彼女が起きる前にこっそり抜け出し、綺麗な花を見つけようと。
来た道も振り返らず、きょろきょろと花を探すことに夢中になっていたら、いつの間にか迷ってしまったのだ。
迷子の時は無闇に動かないほうが良いと教わったから、きっと誰かが迎えに来てくれると信じて待っていた。
「ごめんなさい……」
しゅんと俯いて謝る子供の頭を、虎嘯は安堵の溜め息とともに撫でた。
本当のところ、花を探していたなどというのは、でたらめなのかもしれない。
だが桂桂の無事が確認できた今、そんなことはどうでもよかった。
陽子は子供の穏やかな寝顔を見やり、もつれた髪をそっと梳いた。



桂桂の行方不明騒動はひとまず収束し、集まっていた者たちも皆、各々の休日へと戻っていく。
太陽が中天に昇り、明け方の冷え込みをぐっと和らげる頃、庭先にいる子供の姿を景麒は欄干越しに見かけた。
今日の騒ぎの発端である少年は、しげしげと庭の花を眺めている。
足音もなく、景麒はそちらへ近づいた。
「――主上に差し上げるのか?」
背後から唐突に物静かな声が降ってきて、桂桂は文字通り飛び上がって驚いた。慌てて拱手をする。
「あの、今朝はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」
桂桂はぎゅっと目を瞑る。たどたどしく礼を取る子供の肩に景麒は触れてきた。
顔を上げていいと言われ、そろそろと仰ぎ見た端整な容貌は、やはりいつ出会っても息を呑むほど美しい。
しばらく見とれてから、桂桂は恥じ入ったように俯く。
「……あれ、嘘なんです。花を探していたっていうのは……」
見下ろす先の子供は、そう告白した。
「嘘っていうか、その、つい口から出まかせを言ってしまって……」
ごめんなさい――。桂桂は今日、何度目になるか分からない謝罪の言葉を吐いた。



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