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温め鳥





寒い冬の夜、鷹は一羽の小鳥を捕まえて、自らの足をあたためるという。
決して傷つけることはなく、翌朝になれば、その小鳥を放してやる。



ごく稀に、彼は深夜の牀榻を訪れる。
夜の帳を引くように、前後不覚に眠る陽子のもとへ音もなく現れるのだった。
枕に片頬を沈めて横たわる少女の背中は、景麒に向けられて、拒むでもなく受容するでもなくただそこにある。
穏やかな寝息に合わせ、肩は緩やかに上下を繰り返していた。
幽寂と佇む夜の空気は、臥牀の軋む微かな音に震わされ、それが陽子を眠りの淵から引き上げる。
滑り込んでくる温もりに、陽子は夢見心地の頭で、彼がやって来たことを知る。
背後から伸びる腕が少女の腹部に回され、露な首筋に景麒は顔を埋めた。
探るように互いの素足が絡められ、そのひんやりとした感触に、陽子は反射的に身を竦ませる。
すると、回された腕の力が一層強まり、彼女の身体を捉える。逃げないで、と声なき声が訴えるように。
だから陽子は、ただおとなしく、柔らかい檻の中に閉じ込められておく。

体温も鼓動も、すべてが調和されると、景麒は何かに安堵するふうに長い溜息を静かに吐き出す。
首の辺りを吐息があたたかく撫でる。
ぴったり隙間なく引き寄せられ、陽子はそっと景麒の腕に自分の手を重ねた。
――大丈夫、逃げないよ。大丈夫。
あやすように、掌は彼に伝える。



過去は時折、不意を突いて、景麒に纏わりついた。
記憶は、悪夢となり悲しみとなり蟠りとなり、彼を掻き乱していく。
本能に植え付けられてしまったものを、陽子は取り除いてはやれない。
こうして無言のまま擦り寄って来る時、ああ彼は人ではないのだと思い出す。
可哀想な獣に、自分の体温を分け与えてやることで、その冷えた心が少しでも和らげばいいと陽子は祈る。
やがて意識は暗がりの波に浚われ、彼らは深い眠りに落ちていった。



翌朝、背後の温もりは消え去っていた。
何事もなかったかのように、臥牀は素知らぬ顔で陽子ひとりを迎える。
まだ完全には覚めきらない鈍った思考を持て余しながら、陽子は短く声を漏らして寝返りを打つ。
敷布に散らばる自分の髪を、ぼんやりと視野の端に映し、瞬きをした。
赤い流れの中に、一筋絡まった細い金糸を見つけたので、陽子は薄く微笑む。
そうして、もうしばらくの間、彼女は微睡みに身を委ねていた。










20130317
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