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□LOG
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パーティー





立食会をやってみたい。
女王の気まぐれな提案は、わりとあっさり実行に移された。
別に大袈裟なものでもない。皆で食卓を囲もうという、ただそれだけのことだ。

よく晴れた休日の昼下がり。うららかな陽光の落ちる庭先でそれは開催された。
均等に配置された幾つかの円卓の上に様々な食べ物と酒を並べる。
参加者に条件はない。興味のある者なら誰でも自由に参加できる。
立ったまま食事をするだなんてはしたない、などと野暮なことを言う者は、もうこの王宮にはいなかった。
皆、思い思いに料理をとり酒を酌み交わし語り合い、笑い声は青空の下で軽やかな旋律を生んだ。



立食会をしたいと言い出した当の陽子は、友人らとお喋りに興じている。
あどけない表情で笑う少女は、本当に幸せそうに見えた。
周囲の輪に加わるでもなく些かやり場のない思いに囚われながら、景麒はぼんやりと主の姿を眺めていた。
この場が嫌なわけでは、決してない。だがどうしても苦手でうまく馴染めない。
いつまで経っても、自分のそういう部分だけは直らないのだった。

不意に陽子と目が合った。
半身の様子に少女はひとつ瞬き、そうして苦笑しながら近寄ってくる。
すっと彼の腕をとって、言った。
「そんなとこに突っ立ってないで、こっちおいで。早く食べないと料理がなくなってしまうから」
彼女は景麒を円卓の前まで引き寄せると、慣れた手つきで皿に料理を盛った。
ほら、と箸を添えて彼に手渡す。景麒は無言でそれを受け取った。
手元の皿には、きちんと景麒の食べられるものだけが取り分けられていた。



食事があらかた片付く頃には酒もちょうどいい案配に回っているようで、あたりは喧騒じみた賑わいを呈している。
心地よい空間に気分も昂揚している参加者たちは互いの歓談に夢中だった。

くっ、と陽子は景麒の袖を引く。
少女は爪先立って背伸びをし、内緒話でもするみたいに耳打ちしてきた。
――ちょっとだけ抜け出そうか。
小声で囁く陽子を、彼は見下ろす。
覗き込んだ瞳の奥には、子供のままの無邪気さがちらちらと見え隠れしていた。
目配せをして微笑む主へ、景麒は返事のかわりにゆっくりと瞬きを返した。
それからふたりは、するすると人の間を擦り抜けていく。
絶好の散歩日和だった。



「――疲れた?」
陽子は傍らを見上げて問いかける。
慣れない場に景麒が幾らか困惑しているのを了解していた陽子は、あえて彼を散歩に連れ出したのだ。
そのことに小さく感謝しつつも景麒は微苦笑を浮かべて、少し、と呟いた。
すると少女もまた、くすくすと笑った。

間違っても社交的とは言えない景麒にとって先程のような雰囲気は、たぶんひどく落ち着かないだろう。
それでも――と陽子は思う。
苦手でも、ときどきは知って欲しい。
ああいうふうに皆で集まって、たわいなく過ごす時間もあるのだということを。
そういった時間が、きっと景麒にも必要なのだということを。
「あのね……。今日、一緒にいてくれて、嬉しかった」
ありがとう――。そう言って、彼女は破顔した。



腕が、意図せずに少女へと伸びる。
気がつけばもう、小さくて柔かい、あたたかな身体を、胸に抱き込んでいた。
逃げ道をわずかに残した抱擁の中、陽子は少しばかり驚いているようだった。
やがて細い腕が背中に回ると、その掌が景麒の背を軽くあやすように叩く。
どうしてこんなにも、彼女はいともたやすく景麒を揺さぶるのだろう。



肩を掴んでそっと少女から身を放した景麒は、どこか気まずそうに俯いた。
そんな半身の仕草が、おかしくて愛おしくて堪らず、陽子は笑った。
手を伸ばして、少し乱暴に景麒の頭を撫でる。彼は押し黙り、けれどもおとなしくされるがままになっていた。

「そろそろ戻ろうか……」
陽子が言うので、景麒は頷く。
賑やかな食卓へと、ふたりは足を向けて歩き出した。



いつの間にやら姿の見えなくなっていた主従が並んで戻ってくるのを目にした鈴と祥瓊は、声をあげた。
「もう……っ、ふたりして抜け駆けして、どこで何してたのよ」
友人は揶揄うふうに主従を見つめる。
陽子は楽しげな調子で肩を竦めてみせると、秘密、とだけ短く答えたのだった。

少女たちの明るい笑い声は、庭中にいつまでも谺していた。










20120714
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