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□闇夜の月@
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『運命』なんて
信じたく、なかった。
ユフィ・キサラギ16歳。
ごくごく普通の女子高生。
…というわけにもいかず。
「はーあ、暇…」
ぽつりと小さく呟いたはずなのに、この狭い部屋ではやけに大きく響く。
親元を離れ、都会へと移り住んで1ヶ月。
高校へは行かず、バイトで生活費を稼ぐ毎日。
何かをやりたくて、この都会へ来たはずなのに、その目的すら忘れてしまった。
…まぁ、俗に言う「家出」なのだが。
毎日が同じ事の繰り返しで、もちろん充実なんてしていない。
しかも、バイトというのも…。
PPPPP〜♪
「…うわ、来た」
メールの内容は
1時間後に「○×ホテル305室。客は40代」
「はいはい…」
そう、所謂「ホテルヘルス」。通称ホテヘル。
年齢を20歳とごまかしてこんな仕事してるなんて、誰にも言えない。
だから、友達なんているはずもなかった。
ユフィはベッドから起き上がると、部屋着を脱いでレースの付いたキャミソールにミニスカートを穿き、その上からロングコートを羽織った。
男性客をソノ気にさせる為の服装なのだが、今は真冬の12月。
さすがに変に思われる為、ロングコートで全身を覆う。
「ふう…」
玄関でロングブーツを履き家を出れば、冷たい風がユフィの体を刺す。
コートを着ているとはいえ、中はキャミソール1枚にミニスカート。
ユフィは縛れる寒さに軽く身震いし、先程のメールにあったホテルへと歩みを進めた。
「んっ、あ、あ…っ」
「はぁ…君の中、気持ちいいね」
気持ち悪い。
感じてなんかいないのに。
けれど、声を出さないといけない。
それに、イッたフリもしなければならない。
「…………」
嗚呼、つまらない、気持ち悪い、あたしから離れて、触らないで。
誰も、汚れたあたしを見ないで。
「っ、中に、出すよ…っ」
「!?…ふざけん、な…!」
ドカッ!!
「!?」
男の腹部を両足で思い切り蹴飛ばし、壁に突き飛ばす。
ユフィは体を起こして傍にあったティッシュで自らの秘部を拭くと、下着を付けてキャミソール、ミニスカートを着始めた。
「始めから気持ち良くなんてなかったんだよ。中出し?ふざけんなオッサン。じゃーね」
バサッとロングコートを乱暴に羽織りながら部屋を出る。
何故、こんなにもイライラするのか。
この仕事を選んだのは自分なのに。
「…何やってんだろ、あたし」
小さく呟きながらホテルを一歩出れば、再び冷たい風がユフィの体を貫いた。
「コンビニ寄って帰ろうかな…」
コートに身を埋めながら街中を歩いていると、後ろから「キャー!」という悲鳴が聞こえる。
「何…」
ゆっくりと後ろを振り返ると、先程まで体を重ねていたあの男が鬼の形相でこちらに走ってきていた。
…手には、刃物を持って。
「こっちは金払ってんだ!ふざけんなはこっちの台詞だ!」
「っ、な…!」
逃げる事が出来ない。
刺される。
「っ!」
そう思い、ぎゅっと目を閉じた。
「………?」
いつまで経っても自分に傷が付いていない事に不思議に思い、恐る恐る目を開ければ。
「いててて!」
「こんな街中でそんな物騒な物振り回すな」
「……え…」
誰?
20歳ぐらいだろうか。
帽子を被り、眼鏡を掛けている為素顔は分からないが、吸い込まれるような蒼い瞳をしている。
「んだと、この野郎!」
男が殴り掛かろうとすると、助けてくれた人の帽子が飛び、ユフィの目に映ったのは鮮やかな金色の髪。
と、同時に聞こえたのは周りにいるギャラリーの黄色い声。
確かに格好いいとは思うが、この黄色い声はそれだけではないようだ。
「おわ…っ」
途端にギャラリーが押し寄せ、ユフィはもみくちゃにされてしまった。
(ちょ…っ、何だよ…!)
苦しい。
早く、この人混みから抜け出さないと。
「って、え…っ?」
気が付けば、ユフィは助けてくれた男に腕を引っ張られて人混みを抜け出し狭い路地裏へと駆け込んでいた。
「…とりあえずは、大丈夫か」
ふぅ、と息を吐き、帽子を被り直す男。
先程のギャラリーは皆この男が目当てだったはず。