小説 2
□募る想いの告白
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急拵えのその部屋は、一番の重傷者であるガイ以外に患者はいなかった。室内にて、ガイの容態を看ていた騎士の二人は、フレンの姿を目に留めるなり背筋を伸ばして敬礼する。
彼の後ろに佇むエステルの存在に、更に緊張した様子を見せるが、挨拶もそこそこにフレンがガイの状態を尋ねれば、揃って顔を曇らせた。
「……昨夜から発熱してしまい、体力が著しく低下しています。食事の方も、水を僅かに口にする程度ですし……。」
「そもそも、意識が安定していません。発熱してしまったのは、傷口からの感染が原因と考えられますが……出血量も酷いので……このままだと……」
騎士達はそこで押し黙った。彼らが口にするのを憚る言葉など、嫌でも予想がつく。
脳裏に浮かぶ可能性は、残酷な程に容赦がなかった。
部屋内に重苦しい沈黙が満ちる。
だが、それを振り切るようにエステルが顔を上げると、凛とした面持ちで前に出た。彼女のそんな様子に、ユーリもまた自らが手にしている荷物の中身を探る。
ここに来るまでの途中で、戦士の殿堂の人々が幾つか持たせてくれた薬を物色し、自分達よりもよほど医学の知識が備わっているであろう騎士二人にそれを見せれば、彼らは驚きに目を見開いた。
「使えそうか?」
「え、ええ!勿論です!しかし、傷の深さもまた深刻なので……」
「それについては任せてください。直ぐに治します。」
きっぱりと、気丈な姿勢でエステルが言い切る。彼女の横顔を一瞥し、ユーリはこの状況下において焦燥も動揺も感じる必要はないと悟った。
「頼むぜ、エステル。」
「――――はい。」
ユーリの激励にエステルは大きく頷くと、こしらえたベッドの上に仰臥するガイを静かに見下ろした。
騎士達から怪我の部位について尋ねた後は掛布をめくり、彼の左脇腹に向けて手をかざす。
あえて包帯を解かないまま、彼女は術式を発動した。
淡い緑の輝きに辺りが照らされ、紋様が宙空に浮かび上がる。そのまま瞬時に光が弾けるが、通常であればこの一回で大抵は足りる筈の術を、エステルは続けて施行した。
ガイが負った傷の深さを考えれば、一度の治癒術ではもう追い付かないのだ。
それを察したエステルは、躊躇う事なく術の重ねがけを行う。
しかし、そうすればするほど彼女の面差しが苦痛と疲労に歪んでいく。
エアルではなく、マナを行使した治癒術は着実にエステルから生命力を削っていくのだから、それは当然の結果であった。
傍らで様子を窺うリタの面差しにはみるみる内に懸念と狼狽が浮かび上がるが、エステルはそれさえも今は構わずガイの傷の治癒に専念した。
「……しっかり、してください……ガイ。貴方がいなくなって、しまったら……ルークはどうなるんです?」
その台詞に一瞬、彼の左の指先が微かに動いた。
ガイから返された反応に、エステルは深く息をつく。己の身体に残った力を振り絞るように、きゅっと唇を噛んだ。
額に浮かぶ冷や汗を拭う事もないまま、小柄な身体を微かに震わせる。それでも彼女は気丈な面持ちで、治癒術を行使し続けた。
そして、八度目の光の集束が辺りに残滓として散っていった後、ようやくエステルは安堵の笑みを湛えて小さく呟きを零した。
「……これで、もう……大丈夫、です。」
「―――エステル!!」
ふらり、と華奢な身体が傾き、背中から崩れ落ちそうになる。
その前にすかさずユーリが彼女の身体を支え、リタが狼狽えながら彼女の名を呼ぶ。
傍らで、縋るように寄り添うリタに、エステルは疲労を湛えながらも、優しく微笑んだ。
「平気ですよ……リタ。少し、疲れてしまっただけです。」
「っ直ぐに休める場所を手配しますので――――」
「ありがとうございます、フレン。……余ったテントがありましたら、少しだけ使わせて頂いても良いです?」
エステルの申し出に、フレンは微かに目を見開くと、やれやれとため息をついて肩を落とした。
「……駐在所の一室を使用して頂きたかったのですが、聞き入れてはもらえないようですね。」
彼女の立場を考慮した上でのフレンの提案は、彼の予想通り却下された。
エステルは困ったように笑いながらも退く気はないようであり、フレンは渋々ながらにも彼女の要望を呑んだ。