短編
□陽だまりの箱庭
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隠す気もない、無防備な気配と走り寄る足音。続いて、後ろ腰に軽い衝撃と、子ども特有の体温。
あえて身構えずに受け止めたは良いものの、途中で転んだらどうするのか。
内心の懸念を胸の奥にしまい、ユーリは抱きついてきた幼子に視線を落とした。
「ルーク、お前なー……転んで怪我でもしたらどうすんだ?ガイはどうしたんだよ?」
「もうすぐ、くるー!」
視線を持ち上げ、楽しそうに答えるルークの姿は、誰が見ても無邪気で無垢な子どもだろう。
それは尤もだ。此処の、そしてこの時系列のルークは、まだ生まれて間もない。
外見だけは10歳を過ぎ、もうすぐ11を迎えるであろう少年は、内面の年齢は赤子も同然と言っていいくらいに、内と外のバランスが取れていない。
そんな幼子が小さな両腕で、柔くユーリの腰に抱きつき、無邪気な笑い声を上げる様は、懐いている大人への全幅の信頼が窺えた。
「ルーク!歩けるようになったばかりなんだから、走るのはまだ早すぎるって、あれほど言っただろ……!!」
変声期を迎えていない少年特有の、高めの声音が響く。
身動きを取りやすい軽装で現れた少年は、奔放過ぎる小さな主を探しまわっていたのか、額には汗が浮かんでいる。
焦燥と、心配を露わにしていた歳相応の表情は、しかし、ユーリの姿を認めた途端、明らかに強張った。
「ユーリ……」
「おう。小さな主殿なら、何か知らねえけど此処に居るぜ。……んで、ルーク、お前何か用でもあったのか?」
いつまでも離れようとしないルークの頭をポンポンと軽く叩きながら、尋ねてみると、きょとんと大きな目を丸くした後、再び破顔して見せた。
「遊ぼー!!」
「休憩時間なら構わねえけど、今、この時間帯って家庭教師が来ていなかったか……?」
「……だから、ルークを呼びに来たんだ。だけど、部屋にもいないし、ひょっとしたらって……」
そこまで口にして、苦々しい表情で少年──14歳のガイはユーリから視線を逸らした。
──誰の気まぐれかは知らないが、転移したタイミングが、聖騎士の格好で騎士団からの用事を済ませた帰りだったのは、間違いなく幸いだった。
未だ好きにはなれない、きっちりした騎士装束に内心ため息をつきそうになるが、この服装と、氏素性を口八丁でごまかす際に使った“記憶喪失”という単語が、何故かこの邸の奥方の憐憫や同情を誘い、今ではすっかりルーク専属の護衛と化しつつある。
正確には、白光騎士団の末席扱いだったはずなのだが、見慣れぬ聖騎士衣装と、ルークの懐きっぷりが合わさって、ユーリの立ち位置は、ガイと同じく“護衛兼遊び相手”に変化している。
ルークからの信頼は、まあ、邸の外を知る人間という事情もあって、好奇心が大分混ざっているのは確かだろう。それは構わない。
……が、どうして少年期のガイにこうも警戒心を抱かれるのか。
「(己の復讐を邪魔する存在と認識しているのか、それとも……)」
──もっと単純に、氏素性がはっきりしないユーリへの不信感か。
それとも、そんな人間がルークの傍にいるという懸念なのか。
挙げてみた可能性はどれも合っている気はしたが、さりとてユーリに出来る事はたかが知れている。それも致し方無いだろう。
今のガイは、ルークへの殺意と情の間で揺れ動いている時期だ。
それは、何年も続く苦悶の日々と化す。
たまたま現れたユーリがそこに介入するなど、おこがましいにも程がある。
それくらいの礼はわきまえているつもりだ。