短編

□本音は言えない
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異なる世界に放り込まれ、生きあがく日々の中。

手を差し伸べてくれる彼に心許すのに、そう時間はかからなかった。

自分よりも、幾分か大きな掌が頭をなでる瞬間、子ども扱いされたような心持ちになって、反発してしまうけれど、本当は安心しきっている本心を隠したかっただけなのだ。

彼の傍は、心地よかった。

ただ寄り添っているだけで、力が湧いてくるような。ざわついていた心が凪を取り戻すかのような。

そんな、不思議な気持ちになったものだ。

そう──すべて過去形で語らないといけない。

もう、今は。



「ってぇ……!」



胸を刺すような痛みに、思わず声が漏れた。己の胸元に手を当て、ルークの体はかすかによろめく。

……部屋に誰もいなくて助かった。

おかげで、ベッドに横たわり、布団を頭までかぶって、ただ痛みに耐えることへと専念できる。

肉体の乖離は間近に迫りつつあった。オールドラントでは、最期が迫りつつある中でも、ジェイドが誠心誠意、ルークの体を診てくれていたものだ。

今、このテルカ・リュミレースでは、そんな手厚い処置は望むべくもない。



そんなルークの目下の悩みは、いつユーリたちに旅の離脱を告げるか、そのタイミングについてであった。

ザウデ不落宮で行方不明となっていたユーリは無事に帰還し、皆の顔に笑顔を取り戻させた。

ルークの心にも、安心と安寧をもたらしてくれた。

ならば、もう、これ以上先延ばしにする必要性はない。

今もなお、行動を共にしているのは、ひとえにルーク自身のわがままに過ぎなかった。


一人で消える恐怖を、皆を悲しませる痛みで抑えこみ、決断したのだから、早く言わなければ……。

そう焦るほどに、言葉の先を紡げなくなる。

それでも、もう言い訳は通じまい。


ルークが自覚している体力の衰えは最たる変化であり、皆もとっくに感づいている。

かといって、それを理由に、遠慮する気持ちで身を引けば、皆は納得しないだろう。

ここは、ハルルの街にでも静養を始める、などといった目的を理由にして、皆に説明をするのが一番穏便だ。


そう結論を出し、身震いする己の体を無視してベッドに横たわっていると、男性陣が帰ってくる気配が近づいてきた。



「いい買い物ができたね〜」



「うんうん、おっさんは美味い酒が手に入って気分上々よ」



「そこかよ。カロルが言ってんのは、武器の話だろ?今使ってんのはガタがきてたからな……これで安心したぜ」



明るくも、普段通りの声色。

その、当たり前に傍にある温かな気配に泣きたくなった。

けれど、それは許されないことだ。

その温もりと決別する道を、ルークは選ぶのだから。


狸寝入りを決め込んでいるうちに、睡魔が近づきつつあることに、今はただ感謝した。

あまり皆の会話を盗み聞きする事は気が引けるし、それに、当然のように広がる日常感を前にすると、これからも皆と共に在れるのだと、錯覚してしまう。



(ごめん……皆。ごめん……ユーリ)



ベッドに近づく気配に、素知らぬふりをして、きつく瞼を閉じる。

あとは睡魔に身を任せれば良い。

──限界は近づいていた。体も、心も。

ならば、明日にでも早く、皆に伝えなければ。

オブラートに包んだ嘘をつくことになってでも、離れなければいけない。

死の瞬間なんて、見せたくはないのだ。

そんなものが最後の思い出になるなど、耐えられない。


だからせめて、この口からこぼれ出る嘘が、皆に、ユーリに、優しく伝わってくれればいい。

本音だけは、どうしても口に出せないのだから。

今は、そう祈るくらいしか、ルークにはできることはなかった。
 

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