短編
□エゴにまみれた願い
1ページ/2ページ
このままではダメだと、警鐘が鳴るのを感じた。
ベッドの上で、安らいだ顔のまま昼寝をするルークと、そんな彼の小さな手で引き留めるように掴まれた、ガイの服の裾。
それを、俯瞰するように見届けながら、ガイは冷えた頭で黙考に耽った。
悔しいが、ルークの存在に心がほだされ始めている事を、認めざるを得ない。
今ならルークの首を両手で圧迫し、絞め殺すどころか骨を折ることも、簡単な筈。
なのに、この手はそれができない。
試しにルークの首元まで両手を伸ばしてみたが、妙な冷や汗と動悸が殺害意思を遮った。
こんな筈ではなかった。
それとも、自分は家族が殺されたことを、すでに過去のものとして扱っていると言うのか。
「……それだけは、無い。絶対に」
あの悪夢のような事実を、忘れられるものか。
どれだけ無念だったろう。
どれだけ苦しかったろう。
どれだけ、どれだけ──
「ああ……そうか」
素手でやろうとするから、意思が鈍るのだ。
きっと、そうだ。
肌の感触が不快で、苦痛なだけに過ぎない。
ならば──
気づけば、左腰に下げていた剣を鞘から抜き放っていた。
この部屋に、二人きりの状態でいたことに感謝する。
もしメイドがいれば、ガイが乱心したと騒ぎ始めただろうから。
でも、そうしたら、そのメイドを殺して、そのままルークをも殺す踏ん切りがつけられるだろうか。
……否。無意味な仮定だ。
毎日欠かさず手入れを続けている剣に刃こぼれなどなく、錆もない。
陽光に照らされ、刃が光る。
このままなら、やり遂げられるだろうか。
計画が狂うから、本気ではやらないが、己の覚悟のほどを確認しなくては。
それは、パンドラの箱を開けるような恐ろしさを伴う行為だったが、それでも確認せずにはいられなかった。
刃をルークに向ける。
そのまま、首元に刃先を持っていくのは容易だった。
相手は年下の子供で、中身はさらに幼い。
口元を押さえて、そのまま剣先を引けば、ルークはあっさり死ぬだろう。
本当に、馬鹿馬鹿しくなるほど、簡単だ。
なのに──
「っ……」
この動悸はなんなのか。
この冷や汗は?
呼吸が息苦しくなる感覚は、なんなのか。
剣を持つ手が震え始める。
それは剣にも伝わって──気づいた瞬間、ルークが怪我を負う様を想像し、直ぐに刃を引っ込め、鞘に納めた。
このままでは、ダメだ。
こんな、身体どころか心まで未熟なままでは、復讐は果たせない。
その事実に打ちのめされた。
そして、ルークを傷つけなかったという現実に安堵している自分が、腹立たしかった。
なんて無様だ。
惨めにも程がある。
どれだけルークにほだされようと、コイツはただの他人。
失った家族と天秤にかける方が、愚かだ。
「まだ……時間は、ある」
そう、ルークはまだ子供だ。
だからこそ、まだ時間はたっぷり残されている。
彼が情けない程、腑抜けで保身に走る馬鹿になるのか。
まだ分からない。
(成人の儀まで……それまでは、使用人として、傍仕えとしての仮面を被ろう。コイツが成人する頃には、相応の地位や未来が約束されている筈だ)
それを潰すか、否か。
全てはルークの成人の儀まで。
そこから先、復讐の方向性を決める。
このままでは、殺せない。
だから、ルークの成長に伴い、自分もまた備えるのだ。
鉄壁のポーカーフェイスと、何事にも揺るがぬ冷徹な心を。