短編

□エゴにまみれた願い
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このままではダメだと、警鐘が鳴るのを感じた。


ベッドの上で、安らいだ顔のまま昼寝をするルークと、そんな彼の小さな手で引き留めるように掴まれた、ガイの服の裾。

それを、俯瞰するように見届けながら、ガイは冷えた頭で黙考に耽った。

悔しいが、ルークの存在に心がほだされ始めている事を、認めざるを得ない。

今ならルークの首を両手で圧迫し、絞め殺すどころか骨を折ることも、簡単な筈。

なのに、この手はそれができない。

試しにルークの首元まで両手を伸ばしてみたが、妙な冷や汗と動悸が殺害意思を遮った。


こんな筈ではなかった。

それとも、自分は家族が殺されたことを、すでに過去のものとして扱っていると言うのか。



「……それだけは、無い。絶対に」



あの悪夢のような事実を、忘れられるものか。

どれだけ無念だったろう。

どれだけ苦しかったろう。

どれだけ、どれだけ──




「ああ……そうか」




素手でやろうとするから、意思が鈍るのだ。

きっと、そうだ。

肌の感触が不快で、苦痛なだけに過ぎない。


ならば──


気づけば、左腰に下げていた剣を鞘から抜き放っていた。

この部屋に、二人きりの状態でいたことに感謝する。


もしメイドがいれば、ガイが乱心したと騒ぎ始めただろうから。

でも、そうしたら、そのメイドを殺して、そのままルークをも殺す踏ん切りがつけられるだろうか。


……否。無意味な仮定だ。


毎日欠かさず手入れを続けている剣に刃こぼれなどなく、錆もない。

陽光に照らされ、刃が光る。


このままなら、やり遂げられるだろうか。


計画が狂うから、本気ではやらないが、己の覚悟のほどを確認しなくては。

それは、パンドラの箱を開けるような恐ろしさを伴う行為だったが、それでも確認せずにはいられなかった。


刃をルークに向ける。

そのまま、首元に刃先を持っていくのは容易だった。

相手は年下の子供で、中身はさらに幼い。

口元を押さえて、そのまま剣先を引けば、ルークはあっさり死ぬだろう。


本当に、馬鹿馬鹿しくなるほど、簡単だ。

なのに──



「っ……」



この動悸はなんなのか。

この冷や汗は?

呼吸が息苦しくなる感覚は、なんなのか。

剣を持つ手が震え始める。

それは剣にも伝わって──気づいた瞬間、ルークが怪我を負う様を想像し、直ぐに刃を引っ込め、鞘に納めた。


このままでは、ダメだ。

こんな、身体どころか心まで未熟なままでは、復讐は果たせない。

その事実に打ちのめされた。

そして、ルークを傷つけなかったという現実に安堵している自分が、腹立たしかった。

なんて無様だ。

惨めにも程がある。

どれだけルークにほだされようと、コイツはただの他人。

失った家族と天秤にかける方が、愚かだ。



「まだ……時間は、ある」



そう、ルークはまだ子供だ。

だからこそ、まだ時間はたっぷり残されている。

彼が情けない程、腑抜けで保身に走る馬鹿になるのか。

まだ分からない。



(成人の儀まで……それまでは、使用人として、傍仕えとしての仮面を被ろう。コイツが成人する頃には、相応の地位や未来が約束されている筈だ)



それを潰すか、否か。


全てはルークの成人の儀まで。

そこから先、復讐の方向性を決める。


このままでは、殺せない。

だから、ルークの成長に伴い、自分もまた備えるのだ。

鉄壁のポーカーフェイスと、何事にも揺るがぬ冷徹な心を。
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