短編

□その理由は
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玉の輿なんてのは、半分夢みたいなものだけど、転がってきたチャンスを無為にするほど愚かじゃない。
あからさまでも、浅ましくても、たとえ──そう、正妻にはなれなかったとしても。
金を腐らせるほど多く持っている輩がいれば、少しでも気に入られたいし、それが両親の苦労を肩代わりするものだと信じている。
いや、信じるしかないかもしれない。

一縷の望みにすぎないけれど、それはアニスにとって、自分が女性という生まれを利用した精一杯の企みであり、希望でもあった。






「あー、もう……靴が汚れちまったじゃねーか」





湿原を抜ける道のりで、ルークが足元の汚れを忌避し、明らかに顔を歪める。





「もう少しだ、頑張れ、ルーク」





「もう少しって何時だっつーの!」





ぶつくさ言いながらも足を運ぶ姿からは、箱入りの坊ちゃまであることも相まって、この状況への苛立ちが垣間見えた。





「(あいつに媚び売るのかぁー……)」




そう考えると、気分は萎える。だけど、選り好みはしていられない。
幸い顔は整っているし、髪の色だって毛先を辿るように色彩が明るくなっているのは綺麗だと思う。


気を取り直して、ルークの傍まで寄ると、ハンカチを取り出す。


「ルーク様ぁ、顔にも泥がついてますよ!今、アニスがふき取ってあげますね」




アニスから見て、右側の頬に付着した泥をふき取ろうと背筋を伸ばして、腕を伸ばすが、少し足りない。届かない。
忌々しく思っていると、ルークが少しかがんでアニスが作業しやすいように、と顔を少し寄せてくる。


そのおかげで、あとは滞りなく済んだ。





「気が利くじゃねーか、アニス」





「これくらい、お安い御用ですよぉ〜」





「アニスはこういう気遣いが得意なんですよ、ルーク」




まるで身内を自慢するかのように、そこでイオンの声が上がった。

すぐ彼のもとへ戻るつもりだったのに、とアニスは内心恥じ入る。


そんな心境を知らないだろう、イオンはルークに好意的な言葉を述べている。
出会ってからもそうだった。アニスには見いだせていないが、イオンはイオンなりに、ルークの長所を見つけ出しているのか、友好的な態度で接している。




そんな、二人の会話を横目で見ながら、の事だった。



「アニスっ!?」





「……っ!」




沼地に足を取られて、転倒しそうになる。結局吸い込まれるように、泥の中に小さな体を打ち付けてしまった。
その横で、同じように転んでいるのが、一人。




「……何やってるんですか、ルーク様」





「何やってって……お、お前が転んだからじゃねーか!」




理不尽だ。真っ先にアニスはそう思った。
だが、ルークの真意らしきものを汲み取ったイオンが、慌てながらこちらに寄ってきた時、説明しだした。




「貴女が転びそうになったのを見て、ルークは駆け寄ろうとしたんですよ、アニス」





だが、ここは沼地だ。なんともない地面とは違う。
その結果が、泥だらけの恰好。
あんなに汚れるのを嫌がってたのに。



「……そう、だったんですか……ごめんなさい、ルーク様」





「べ、別にいいけどよ……気をつけろよな。驚いただろ」




泥の中から起き上がり、駆け付けたガイから拭き布をもらって、仏頂面で顔を拭いている。
正直、少し意外だった。
結果、失敗には終わったが、ルークはアニスを助けようとしたのだ。





「(こういう一面もあるんだ……)」




イオンから布をもらい、顔を拭きながら、なんとなく、ほんの少しだけルークの見方が変わった自分がいることに、アニスは戸惑った。
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