小説

□後悔に嘆く涙は、もう流さない
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「それで、いつまで拗ねるつもりだ?」



「……拗ねてねぇ」




むすっとした、不機嫌も露な声が返される。

――ルークの今の仲間達が、揃って気を利かせてくれたため、今日は相部屋となったわけだが。
こちらと目を合わせずベッドの上で両膝を抱えたままそっぽ向くルークの姿は相も変わらずで、それはガイに奇妙な安堵感を与えた。



「嘘をつけ。無茶苦茶拗ねてるじゃないか。」



正直過ぎるルークの振る舞いに、ガイは苦笑と共にそう言い返しながらも、内心感慨に耽る。


……本当に変わらない。

何を考えているのか分かりやすい表情も、子供っぽい……いや、年相応の仕草も変わっていない。
それを実感して、改めてガイはローレライに感謝した。
無事にこの世界へと渡る事が出来たのは、確かに偶然という要素も含まれているのかもしれないが、そんな事は些細なものに過ぎない。

重要なのは、ルークに会えるか否か。
ただそれだけだ。

故に、ガイの切実たる望みは叶えられた。

今目の前で、ルークは生きている。
生きて、此処にいる。それが全てだった。





「……あーもう!さっきからジロジロと、何なんだよお前!喧嘩売ってんのか!?」




ガイからの視線に、とうとう耐えきれなくなったのか。顔を赤らめながら、ルークが不機嫌そうに顔を上げて睨みつけてくる。

……残念だが、そんな表情で睨まれても全く迫力がない。
それどころか、仔犬に威嚇されているような、妙に微笑ましい気分になってしまう……などと、ルークが聞いたら更に機嫌を悪くしそうな事を考えながら、ガイはただ穏やかな笑みを保つ。





「俺の話聞いてんのかよ、ガイ!」




「ああ、勿論。」





ルークの羞恥混じりの声に、悪びれもせず即答する。


こんな些細なやり取りさえ、ガイにとっては懐かしいものだ。しかし、そう感じてしまうという事は、彼と離れていた年月の重さを再認識する事にも繋がる。


……たかが三年。されど三年だ。


アッシュが帰って来るまでの二年は、まだ自分の力で立っていられた気がする。
しかしあの日、ルークが自らの記憶をアッシュに託して音譜帯に逝ってしまった事が判明した後は、坂から転がり落ちるように日常が一変した。






「………………。」






ルークの顔を眺めながらも、ガイの意識は自然と過去を振り返る。葛藤を押し隠しきれない己の醜態を思い出した。


……始めは、ルークが帰ってこないという事実を受け入れる事が出来なかった。
だからこそ、感情の整理をしないままアッシュと顔を合わせる事は出来なかった。



どうにか個人的なそれを片付けて、彼とナタリアが寄り添う姿を祝福出来るようになった頃には、バチカルに赴く事が苦痛になった。

もうあの場所に自ら進んで足を運ぶ事は出来ない。

元々は、ルークが居たからこそ前向きな気持ちで訪れる事が出来た。


それももう、ルークがいないという現実の前には意味を成さなくなった。





――後は呆気ない程に、心が病み始めた。



それを明らかには出さなかったが、ガイを良く知る人間は表面だけを取り繕って笑う彼に不安を覚えていた。

最も、それはガイ自身には知る由もない話である。


荒廃していく精神を繋ぎ合わせるだけで必死だった彼には、とても私的な感情を他所に向ける余裕は無かった。



処理すべき仕事を片付け、日々をただ淡々と生きる。
そこに希望は無い。



ルークが救った世界を維持し守っていく事を自らに課し、やるべき事をやる。
そこに己を救うものは無い。



生きてこそ、という自らの信条からか、自害という選択は考えなかったものの、あの頃は緩慢とした死の空気が自分の周囲を包んでいたような気がする、と当時を振り返りながらガイは思った。
それほどに、生きる為の活力が、絶えてしまっていたのだろう。






「………ガイ?」





様子を窺うようなルークの声に、はっと我に返る。
視線を下げると、ベッドに座った姿勢のままルークがじっとこちらを見つめていた。
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