リクエスト小説
□信じる思い
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ガイは焦っていた。
降りだした雨に濡れる身体を気に止める事もせずに、町の中を駆け回る。
目的は、混乱したまま飛び出して行ったルークを連れ戻す事だった。
ユーリとカロルもそれに協力してくれている為、今頃はガイと同じく雨に打たれているはずだ。
どうしてこんな事になったのか。
それの答えは幾つかあるが、根本的な話までさかのぼると、ルークが現在普通とは呼べない状態にある事が関係している。
一言で言うと、一過性の記憶喪失。
専門用語はもっと別にあるようだが、今のルークは仲間達の事や以前の旅の事も全て思い出せない状態だ。
きっかけは頭部への負傷。
まるで嘘のような話だが、実際ルークは思い出せないという現状に酷く混乱している。
「っ!?」
雨音が激しく鳴り始める中、その人影を見つける。
路地裏に蹲るようにして座り込む姿。
それを目にして、心の底から安堵したが走り寄ればルークはきっと怯えてしまう。
今の彼には、何を寄る辺としたら良いのか分からないのだから。
呼吸を整え、落ち着いた歩調でルークの元に歩み寄る。
びくりと、その細い肩が揺れた。
「ルーク。」
「っ…!?」
「帰ろう。」
片膝をついて、ルークに呼び掛ける。
「…何処に」
帰るんだ。
ポツリと、寂しい返事が返された。
「お前が望む場所に。」
「っだから俺は、そんなもの分かんねぇんだよっ……!」
絞り出すような声で吐き出すと、一層身を縮ませてルークは自分の肩を抱きしめた。
「そうだな…。じゃあ、まずは暖かい部屋に戻って、ちゃんと食事して寝ろ。話はそれからだ。」
冷静さを装いながら言うガイに腹が立ったのか、そこでルークがようやく目をこちらに向けてきた。
「んな、呑気に…っ!あんたにとっては他人事かもしれないけどな。俺にとっては深刻な事なんだよ……!」
言い返された言葉に、反論しそうになる気持ちを抑える。
彼の今の苦しみは、軽々しく理解など出来ない。
その痛みを想像は出来ても、それで共感できた等とは考えられない。
「なら、尚更だ。此処に居ても話は進まない。身体を冷やしてしまうだけだ。」
言い様、ルークの肩に触れる。
途端、再び身体を震わせて縮こまる姿にガイは眉尻を下げた。
ルークに触れた手を引っ込めて、目を伏せる。
重苦しい沈黙の中、雨音だけが二人の耳を打った。
「分からないんだ…信じていいのか。」
分からないんだ、と繰り返し呟きながら、ルークは自分の頭を押さえた。
そこには、真新しい包帯が巻かれている。
「……無理に信じようとしなくていいさ。分からないなら、今はそれでいい。
お前が誰を信じるのか、誰を疑うのか。それを決められるのはお前自身だけだ。」
ルークの言葉に一瞬揺れた感情を抑え込み、あくまでも穏やかな口調で語りかける。
それにようやく、僅かな安堵を得られたのか。
しばらくして、顔を上げてこちらを見た瞳には、先ほどまでの激情が鎮まっていた。
「帰ろう、ルーク。みんな待っている。」
もう一度、そう言葉をかけて、手を差し伸べる。
「………………」
ルークは目の前に差し出された手のひらとガイを交互に見つめながら、戸惑いの表情を浮かべた。
恐らく、この手もまた“信じていいのか分からないもの”なのだろう。
受け取るか否かはルーク自身が決める事。
ガイに出来るのは、待つことだけだ。
「……………」
今度は、自分の手のひらとガイが差し出した手のひらとを見つめながら、ルークは押し黙る。
……やがて。
どれだけの時間が過ぎたのかは分からないが。
ガイがルークに向けて差し伸べた手のひらに、彼の手が重なった。
それは彼が生まれたばかりの、互いに幼かったあの日。
小さかったルークの、伸ばした手のひらを受け取った時とは逆の光景だった。