リクエスト小説
□穏やかな時
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「あー、ルーク兄ちゃん、その字よれよれだよー。」
隣に座っている幼い少女がルークの手元にある練習用紙を見て、目敏く注意する。
その指摘に、ルークは慌てて自分が書いた文字を改めて眺めた。
「げっ…本当だ。ありがとな、サラ。」
見つけた誤字の上に線を引いて、その隣の隙間にもう一度練習書きをする。
ルークが今いる場所は、下町の子供達の勉強場として利用されている一室だった。
此処の奥さんが学問に明るい人であるためか、高い学費を払えない人々に対して提供する為に、この小さな教室を開いているらしい。
そんな場所に何故ルークが居るのか。
答えは簡単である。
元居た世界と文字の仕組みが違うため、読み書きの内、書く技術が圧倒的に低い為だ。
なぜか読む事は出来るのだが、その点についてはローレライのおかげなのかと思いつつ、こうして暇があれば書く練習を子供達と交えて行っているのだ。
「これ書き難いだろ〜。」
「でも頑張らないと、先生に怒られるよー。」
「そうなんだよなあ…リリア先生おっかないもんなあ……」
下町の人々は人情に厚く、そして叱る時も本気で叱ってくる。
その剣幕は何度体験しても慣れない。
重く深いため息をつきながら、再びルークはガリガリとペンを走らせ始めた。
やがて陽が傾き始める頃になると、子供達は迎えに来た親兄弟に連れられて家路へと帰って行く。
人の気配が少なくなった部屋を見渡しながら、ルークは使用した筆記類を元の位置に戻した。
「(……何だか、変な感じだ)」
穏やかに過ぎる優しい時間が、本当に愛おしいと思う。
そう感じながらも、何故かどうしようもなく寂しい気持ちにもなった。
「おーい、ルーク。」
「お疲れ様。勉強は、はかどったかい?」
背後から優しい声がかけられる。
それに振り返ると、部屋の扉からユーリとフレンの姿が見えた。
ユーリの方は買い物帰りだったらしく、食材が詰まった袋を抱えている。
対してフレンの方は、珍しく私服の格好をしていた。
いつもの騎士服もまた凛々しい佇まいをしているが、今日はごく普通の青年といった姿に見える。
おそらく、プライベートでやって来たのだろう。
「ユーリ、フレン!」
「ほら帰るぞ。今晩の飯はフレンも一緒な。」
二人の元に駆け寄ろうとした矢先、その言葉に一瞬ピシリと身体が固まる。
フレンが夕食に同席するのは構わない。
むしろ大歓迎だ。
だが決して彼をキッチンに立たせてはいけない。
もうその事については、以前に痛い目を見ている。
「安心しろ、ルーク。何があってもこいつに料理は作らせねぇから。」
ルークが何を思ったのか察したユーリが、重々しく肩を叩きながら真剣な声で言う。
それに思わず安堵した。
「……良かった。」
「ユーリもルークも酷いよ…」
がっくりと肩を落としながらフレンが悲しそうに言う。
それにチクチクと胸が痛むものの、家にはラピードもいるのだ。
動物虐めは良くない。
よって、フレンには大人しく待っててもらうとしよう。
そんな事を考えながら、片付けを終えて先生に挨拶を済ませると、ルークはユーリやフレンと共に夕日に染まった町中に出た。