不毛な文通に飽き、例の施設を差出人にたびたび手紙を携えてやってくる、白いフクロウの食用を考え始めた。軒先に座り込み、フクロウをためつすがめつ検分しているトバゴの背中に、ふと影が覆い被さる。 「今の時刻を教えてくれ」 振り向いた先に立っているのは冴えない男だった。男は、精神病者あつかいをされ、羊で追い払われたくだんの魔法使いだったが、トバゴは覚えていなかった。前回と較べて、男は没個性的な格好をしていた。 「さあ、悪いけど」 「そうか……」 そう言って沈黙する男に背を向け、トバゴはフクロウの検分に戻った。 「そのフクロウはうちのなんだ」 「そうなの? じゃあ返すよ」 トバゴは男にフクロウを渡した。男の手に渡った瞬間、弾かれたように、フクロウは白い羽をはばたかせて飛んでいく。 「あのフクロウが君に手紙を持って来ただろ」 「ああ……」 「どう思う」 「何が?」 「興味がないのか?」 「何に?」 「魔法にだ」 「何で?」 「入学を拒否しただろう」 「あんたが書いたの?」 「ああ」 「じゃああんたもエッグウォーとかいう病院の?」 「ホグワーツだよ。病院じゃなくて……」 男は少し黙って、 「――いや、俺はあそこの職員なんだ」 「ああ、そう。茶色のフクロウは屋根にいるよ」 「ありがとう。いや、実は、君もホグワーツに入る必要がある」 「俺が病気だって言いたいのか」 「そういう解釈の仕方もある」 「個人経営なのか? 資金繰りに困るのはわかるが、俺は金なんて持ってない」 「知ってるよ。心配しなくていい、どうにでもなる」 詐欺犯罪の匂いを感じた。 トバゴは立ち上がり、男を放って家に入った。日は中天に昇ったばかりだ。昼食を拵えようと鍋を手に取った。 「どうやって火を焚くんだ」 男の声だ。何事もなかったかのような顔で平然とトバゴの手元を覗き込んでいる。紛うかたなき不法侵入だった。 「玄関を出て右の道を行くと」 玄関を指差してトバゴは言った。 「自治警察の待機所がある」 「君をどうこうしようというつもりはない。聞いてくれ」 「ほかを当たれ」 「どうやって火を焚く?」 「何の話だよ」 「鍋を持ってるだろう。何かしら加熱しようとしたんだ。どんな方法で火を点ける?」 トバゴは鍋を置いた。 「今度は何の勧誘だ」 「火の点け方を君は知らない。何もしなくてもそうあれと念じるだけでできるからだ。そうだろ」 「しつこいぞ」 「それはある種の、言うなれば病気だ。妖精を見たことがあるだろう」 戸棚には肉切り包丁が収納されている。この瞬間に取り出すべきかトバゴは迷ったが、男に隙ができるのを待つことにした。 「君以外の人には見えない。当然だ、君はおかしいんだ――ある意味で」 男は俯き、懐に手を入れた。トバゴから視線を外している。トバゴはすばやく戸棚を開き、包丁を取り出して、男に向かって構えた。男が顔を上げた。と同時に、トバゴの持っている包丁が、熱された飴のように頼りなく曲がっていく。 男が懐から取り出したものは、柄の付いた、ただの棒だった。 「それが証拠だ。君はほかの人とは違う」 トバゴは男をめがけて包丁を放り投げた。しかし、男にぶつかる寸前、包丁はひとりでにあさっての方向へ飛んでいく。 「今の生活に不自由はない」 「こちらに不都合がある」 「俺には関係のないことだ」 「初めて君を訪れたとき、羊を操っただろう。あれもそうだ。普通の人にはできない。一般の常識と照らし合わせて、それは異常だ。だから、異常とされないこちら側へ来る必要がある」 「羊?」 「覚えてないのか」 かろうじてトバゴの頭に浮かんだのは、きらびやかな原色のローブだった。 「とにかく君はホグワーツへ来なければいけない」 「必要性を感じない」 「そうじゃなくて……ああ、もういい」 堂々巡りの勧誘に決着が付いたようだと判断して、トバゴは男に退去を促した。が、微動だにしない。埒が明かないので放置して、トバゴは使い物にならなくなった包丁の処分に動いた。男から数十センチ離れて落ちた包丁を拾う。 奇妙な形にねじれた包丁に見入っていたので、男の不穏な気配に気付かなかった。 男の動作を認識したときには、すでに重く鈍い音が頭蓋骨を伝わって聞こえていた。瞬間的に、側頭部の皮膚が熱く焼ける。鼻腔に焦げたような匂いを感じ、次いで眼球が上向いて、トバゴは意識を失った。 |